「普通」と「贅沢」の境目を誤ってはいけない

普通の暮らしをしているのにお金が貯まらない…
贅沢をしているわけでもないのに生活が苦しい…

こういった話はよく聞きますし、実際にそう思っている人も多いことだと思います。そういう私も以前は同じように思っていました。

ここで1つ問いかけがあります。

あなたは、「普通」と「贅沢」の境目をどこにしていますか?

この境目がどこにあるかによって、おカネに対する考え方や、管理の上手下手、節約力が違ってくるような気がします。なぜならこの境目は、自分の性格や、収入の多少、育った環境などによって、大きな個人差が生じるからです。

ちなみに私の場合は、生活必需品・最低限のサービス以外はすべて贅沢品扱いという回答になります。これだといまいち抽象的でイメージが沸かないので、贅沢品と考えるものの具体例をあげます。

・酒/タバコ
  …嗜好品で論外。これ以上の贅沢はない

・私立学校/塾/予備校/その他習い事
  …普通に公立に通ってまじめに学校の教材で勉強してください

・自動車
  …ただし足がない田舎や業務用は生活必需品

・携帯電話/スマホ/ネット/新聞/書籍
  …なくても生活できる・本は図書館にいけばいいだけ

・すべての外食

・すべてのギャンブル

・すべてのレジャー

これらは一例に過ぎませんが、私の中ではすべて贅沢品という扱いです。常にそういう意識を強く持ってます。
上の項目に共通する点は、直接生死にかかわらないということ、つまり生活必需品ではありません。生活必需品(必要コスト)とは、十分な食事(自炊)、最低限の衣服、風雨をしのげる家、最低限の光熱費、そして公共サービスを受けるための費用(税金)、仕事につかう経費(スーツ代とか)くらいしか、実際はありません。だからこそそれを知っている有志たち(節約ブロガー)は、月10万円の生活を平気で続けられるわけです。

誤解を招くといけませんので説明を1つ加えますが、私はなにも例に挙げたような生活必需品のみで生活しろ!と言っているわけではありません。達人級の節約名人ならともかく、普通の人がこれをやろうとするとストレスがたまるだけですし、現代社会にマッチした(人間らしい)文化的な生活から遠ざかってしまいます。できればいい教育を受けさせてあげたいし、たまには外食もしたい、デートも楽しみたい、そんなのは当然です。何を言いたいのかというと、そういう生き死にかかわらない消費を、すべて贅沢品であると謙虚に捉えることができていますか?ということ。これらを普通の消費、当たり前の生活と考えているうちは、おカネなんてたまらないし、強い家計も作れません。説教臭くなってしまいますが、この根本を勘違いしてしまうと、文頭のような愚痴吐いてしまう人(かつての私のような人間)になってしまいます。普通に思っていることは本当に「普通」のことなのか?実は満足度を上げるための「贅沢品」なのではないのか?改めて考え直してみると、新しい視点が見つかるかもしれない、そういうふうに考えることって重要なことじゃないんですか?という話をしたいわけです。

個人的な意見としては、こういった意識を徹底させていたとしても、生活が苦しい人には素直に同情します。助けてあげたいと思うし、社会保障も充実してあげたい。

逆に、贅沢を贅沢とも思わずに生活した結果、貧困に陥っている人には同情できない。自業自得でしょ?と言ってしまっては冷たい印象を持たれるかもしれませんが、そうとしか思いません。

気難しく考える必要はありませんが、「普通」と「贅沢」の境目について考えてみませんか?

ブログランキングに参加しています。クリックよろしくお願いします。
初めてご訪問の方はこちらをご覧下さい。

にほんブログ村 株ブログ インデックス投資へ にほんブログ村 株ブログ 投資信託へ 

コメント

  1. kim99 より:

    寄付や献金、献花代、お年玉、お賽銭、政治活動や宗教活動がらみの出費は贅沢なのか?

  2. nantes より:

    >kim99さん
    最低限の冠婚葬祭費は生活必需品かもしれませんね。人とのかかわりは大事ですし。
    いずれにしても考え方に個人差がおおきいので、一概には言えないと思います。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。