火事場の馬鹿力というのは都合の良い解釈

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火事場の馬鹿力という言葉があります。人が絶望的な状況に陥った場合、思わぬ力が出るという例えです。確かに一理ありますし、科学的な根拠もそれなりにあるようです。

確かに瞬間的に訪れる絶望的状況、たとえば火事であったり、事故であったり、仕事の修羅場であったり、家族のピンチであったり、そういう場面ではそれなりの力が発揮されるのかもしれません。実際の体験談もよく聞きますし、私にも覚えがあります。

ただ、この能力を過信するのはどうかと思います。
特に瞬間的ではなく、恒常的に余裕がなくなる状態が続くと危ない。

100人の人間が経済的苦境に陥った場合、全員が火事場の馬鹿力を発揮して、危機を脱するのでしょうか。経済的苦境だけではなく、たとえば身体に障害を負ったとか、身内に虐待を受けるとか、この際例えはなんでもいいと思うのですが、そういった長く続く逆境の中でそれを跳ね返すことができる人間がどれほどいるでしょうか。

日本人の自殺の原因トップ2は、経済問題と健康問題です。

厳しい状況が長く続けば逆境を跳ね返す余裕もなくなります。余裕がなくなるということは手段がなくなるということ。どうしてもその場その場の生活に追われていき、また将来の展望を描けないというマイナス思考が定着していくので、状況を好転させるための材料「資金」「時間」「情報」「人脈」、最後は「運」もなくなってしまう。

イザとなれば本当になんとかなるのか?

ではどうして自殺者がこんなにいるのか?

火事場の馬鹿力は頼りになるかもしれないが、都合よくその力が発揮される確率は低い。

私はそう思うようにしています。

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