先日、ランチタイムに職場の近くでパスタを食べました。
時間が限られていたのでランチセットではなく単品で注文しましたが、価格は1,200円ほどでした。注文するときも会計をするときも特に違和感を感じず、お店を出ます。
ところが仕事を終えて帰宅する帰りの満員電車で、ふと面白いことに気付きました。
「もしこれがラーメンだったら、自分は同じ金額を素直に払えただろうか。」
私の中には今もいわゆる「ラーメン1000円の壁」が生きており、正直なところかなりの抵抗感があります。仕入単価や人件費の高騰を考えれば受け入れなければならないのが世の流れですが、どうしても拒絶反応があり、1000円以下のメニューを探すという習性が抜けません。
しかしそれがパスタには全くなかった。
同じ麺料理なのに、なぜパスタには抵抗がなく、ラーメンにはいまだに価格の壁を感じてしまうのかを真面目に考えてみました。
冷静に考えれば、ラーメンの方が手間はかかっているかもしれない

少し考えてみると、この感覚は決して合理的ではありません。
ラーメンは長時間かけてスープを炊き、チャーシューや味玉、メンマなどの具材も店で仕込み、営業前から多くの時間と労力を費やしています。一方でパスタももちろん技術が必要な料理ですが、多くのメニューではラーメンほど長時間の仕込みを必要としているとは思えません。
原価や手間だけを比較すれば、むしろラーメンの方が高コストというケースも十分に考えられます。
それにもかかわらず、「パスタならこのくらい」「ラーメンなら高い」と感じてしまうのは、価格ではなく、自分の頭の中にある漠然としたイメージで判断しているからだと思います。
もちろん商売上は、ラーメン店のほうがパスタ店よりも客の回転率が期待できる、内装のこだわりが少なくて済む、接客のオペレーションが少なくて済む(なぜかパスタやで食券制のお店はほとんど見かけない)などの要因があり、それゆえ、パスタとの価格差があっても勝負できる、それを消費者が潜在的に感じている(ラーメンは庶民の味方であるべき)可能性はあるかと思います。
学生時代の記憶が、今でも価格感覚を支配しているのかもしれない
さらに考えていて、もう一つ思い当たることがありました。
私が大学生だった2000年代初頭、近所には全国展開している中堅ラーメンチェーンがあり、1人でも友人ともよく利用していました。
当時よく注文していたのは、ラーメン(味噌・塩・とんこつ)に餃子(5個)と半ライスが付いたセットもので、価格は税込500円だった記憶があります。個人経営の庶民的なお店の価格ではなく、全国チェーンでその値段だったのですから、今振り返ると驚くほど安かったことになります。
当時の日本はデフレの真っただ中でした。牛丼やハンバーガー、家電製品まで価格競争が当たり前だった時代です。
もしかすると私は、その頃に身に付いた価格感覚を二十年以上経った今でも引きずっているのかもしれません。さすがに500円は安すぎますが、とはいえ1000円となると「?」となります。
一方で、当時の私の生活圏にはパスタ専門店はほとんどなく、外食でパスタを食べる機会自体があまりありませんでした。そのため、「パスタは昔いくらだった」という基準価格が私の頭の中にはデータとして存在していないのです。
だから現在の価格を見ても素直に受け入れられる一方で、ラーメンだけは無意識のうちに二十年以上前の500円セットと比較してしまうのでしょう。
現在の価格や価値ではなく、「記憶」と比較している可能性がある

今回改めて感じたのは、人は現在の価値だけを見て「高い」「安い」を判断しているわけではないということです。
むしろ、自分が過去に経験した価格や、その商品に対するイメージを基準にして、無意識のうちに比較しているのではないでしょうか。
ラーメンは「早く、安く、お腹いっぱいになる大衆食」という印象があり、パスタには「少し特別なランチ」という印象があります。そのイメージが価格に対する許容度を大きく左右しているように思えます。
つまり、私は原価や調理の手間を見て判断していたのではなく、無意識のうちに「ラーメンは安いもの」という固定観念で価格を評価していたのです。
人は思っている以上に合理的ではない

この出来事は、ラーメンとパスタだけの話ではありません。
私たちは普段、自分は合理的に判断していると思っていますが、実際には過去の経験や思い込み、ブランドイメージ、世間の空気など、さまざまな要素に影響されながら意思決定をしています。
投資でも買い物でも、「昔はもっと安かった」「これはこのくらいの値段のもの」という先入観が、知らないうちに判断基準になっていることは少なくありません。
今回のパスタランチで気付いたのは、「ラーメンが高い」ということではなく、自分自身の価格感覚が二十年以上前のデフレ時代の経験によって作られ、その記憶が今でも意思決定に影響を与えているかもしれないということでした。なかなかアップデートされないということです。
それは本当に高いのか。なぜそう思うのか。実は、自分の頭の中に残っている昔の記憶が、そう感じさせているだけなのではないか。
何かを「高い」と感じたとき、一度立ち止まって考えてみる価値があるのかもしれません。
























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